GAEA ART & DESIGN PRODUCE
ガイア アート&デザイン プロデュース

宝飾へのいざない
An introduction to precious ornaments

(1)「死」と「宝飾」

■美術宝飾の「魅力」と「死」■

 宝飾の魅力、それは人を惹きつけてやまない不思議の魔力です。そしてとりわけ、「人類の至宝」と呼ばれる「美術宝飾」が放つ謎めいた魅力の奥底には、しばしば「死」の背景がつきまといます。

 古代文明の廃墟や、死者を弔う棺より発掘される遠い先人達よりの遺産は、その見慣れない形や技術、素材が美しければ美しいほど、一層私達を魅惑の世界に引きずり込みます。それは不可思議を通りこし、ある種の恐怖にも似た感動を与えるものです。死が美をまとうとき、美が死を背景に輝くとき、人は言い知れぬ魅力(魔力)をそこに感じるのでしょう。

メソポタミア文明シュメール人の王妃プ・アピの頭蓋がまとった黄金の宝飾。ブナと柳を模した金細工とラピス・ラズリをあしらった髪飾りとチョーカー。現代戦争での略奪の後、行方が定かでない。
(紀元前26世紀頃 イラク国立博物館元蔵)
右は、大英博物館所蔵の同形の遺品。

シュリーマンが発掘した古代トロイの黄金の宝飾。トロイ戦争の原因となる略奪された美女、ヘレン王妃になぞらえ、彼が妻ソフィアに身に付けさせた。この宝飾を含む「プリアモスの財宝」は第2次大戦中疎開先で行方不明となるが、1996年、ロシアがその所有を表明。
(紀元前23世紀頃)

古代エジプト文明ツタンカーメン王の黄金のマスク。3000年前のこの人類の至宝を超える作品は今後現れるであろうか。
(紀元前13世紀頃国立カイロ・エジプト博物館蔵)
黒海北岸の近隣諸国を脅かした遊牧騎馬民族スキタイの腕輪。生涯全ての財産を持ち運ぶ、彼らの墳墓より発掘される宝飾の「完成美」には、今も驚愕する。
(紀元前4世紀頃 ウクライナ歴史宝物博物館蔵)
古代マヤ文明の翡翠の仮面。死者の顔に直接スタッコ(化粧漆喰)を塗り、翡翠の断片を貼り付け、死者の顔を忠実に模した。目は貝と黒曜石。このモザイク面も盗難にあい、現在行方不明。
(7世紀頃 メキシコ国立人類学博物館元蔵)
アンデス文明チムー王国のトゥミ(儀礼用ナイフ)の柄部分。
半円形の頭飾りやトルコ石が埋め込まれた“アーモンド・アイ〝が文化の固有性を物語る。
(15世紀頃 ペルー黄金博物館蔵)

■美術宝飾「最高の魅力」■

 死を背景に輝く、人類至宝の数々。しかし、もう一歩踏み込んで、その時代を生きた人々の文化文明、日常生活から精神世界にまで理解を深めると、美術宝飾の見え方に変化が生じてきます。ミステリアスな感覚は減りますが、それ以上に美学的、人類学的意義への「畏敬の念」が倍増していきます。
 つまり、漠然と恐怖する「死」のイメージばかりでなく、制作された時代の「生」への関心が、創り手の込めた祈りに近い「思い」に共鳴し、美術宝飾を一層輝かせて見せるのです。
 美術宝飾最高の魅力とは、制作者や所有者、文化文明まで全て死に絶えてもなお放たれる「情念」に触れたとき、人類が創造し得る究極の、そして永遠の美を見出せるところにあります。
 西暦2007年私達は、現代の「生」の証を示威できる程の作品を、はたして残せるのでしょうか。輝ける未来への遺産として―。

(2)宝飾の価値

 エジプト、メソポタミア、スキタイ、インカ…、人類史上あらゆる文明の下で多彩な宝飾文化が展開されてきました。
 宝飾への思いは各々固有の文化背景により様々ですが、素朴な美しさへの憧れから、信仰とともに人知を超えた領域の象徴として扱われ、現在に至ります。
 宝飾の定義を装身具に留めず、工芸、建築を含む、貴金属や宝石の類で制作、又は装飾されたもの全般に広げ、観てみましょう。


中尊寺金色堂々内

 国内で振り返れば、平安時代の平泉、浄土信仰のもと中尊寺金色堂を始め、建築や工芸にまばゆいばかりの宝飾が施されました。当時の宝飾への思いとは、崇高な浄土世界の具体表現そのものでした。誰もが体感できる理想郷の小宇宙だったわけです。

 ところが、現代人が金色堂の輝きに対峙した時、藤原三代の「財力」による絢爛豪華が目に付いて、古の精神世界の崇高さはかすれてしまいます。これは、「ステイタス」や「財力」といった宝飾価値の方が、現代ではポピュラーだからでしょう。宝飾の輝きとは、それを見る個人や時代の価値感次第で、変化してしまうようです。


蓮華王院本堂(三十三間堂)
千体千手観音菩薩立像

 しかしながら、京都三十三間堂の金色に輝く1001体の千手観音を参拝し、鎌倉人の空前絶後のエネルギーと、奉納に至る凄惨な経緯を知ったとき、金色の「輝き」が、仏の「光明」の表現であることに、平成人をも合掌せずにはおれません。

 真に優れた宝飾が持つ本質的価値、もしくは、それらに向けられる「畏敬の念」にも似た人々の感覚は、古今東西あらゆる文化圏で、今なお永々と引き継がれています。

 それでは、現代の宝飾文化の実状はどうでしょうか。
 装身具に言及すれば、今日横行する商業的ジュエリーが、現代の特質とされるのなら悲しすぎます。身に着けるものならばこそ、純粋かつ深遠な美を追求した美術品が、もっと現代にあってほしいものです。
 人類学の分野では、身を飾りたいと望んだ原始の心の芽生えこそ、人間の「知性」の始まりであり、装身具の使用が人か野生かの指標とされています。装身具が、過度の実用性や市場性に執着し、美を妥協するくらいなら、いっそ人は何も飾らない「野生」のままが美しい。多少の不都合を押してでも、美を選択する自覚と誇りを持てる時代にこそ、「知性」という至上の装身具を手にする資格があるのでしょう。

 時代が価値を与えるような、世代を超え鑑賞される永遠の美が、現代の宝飾に求められます。

(3)「翡翠」について

 2004年11月より3ヶ月間、東京上野の国立科学博物館にて「翡翠展  東洋の至宝」が開催されました。翡翠の原石をはじめ、北京故宮博物院所蔵の「一級文物(中国国宝に相当)」から、現代の美術工芸まで、400点にのぼる翡翠を一同に集めた、世界で始めての総合展覧会でした。入場者数は約9万人。科学博物館の、いわば「魅力の分析」により、翡翠への正しい理解と、一層の興味が得られる展覧会でした。


「LA TERRE Ⅰ-青い地球」
青色翡翠
(ガイアA.& D.P.作品)

■翡翠の魅力の多様性■

 翡翠の魅力は様々です。お守り、太古の日本文化の象徴、中国至宝の彫刻工芸、そして宝飾・・・。
 翡翠は、ここ東洋において、その「魅力の多様性」の点で他の鉱物の追随を許しません。言いかえれば、この多様性を知ることこそ、翡翠の真の魅力に触れる第一歩と言えましょう。

■翡翠の石色の不思議■

 まず、その魅力の最初、石色についてご紹介します。翡翠と言えば、緑色が馴染み深いと思いますが、実はその他にも、紫、紺、赤、黄、黒、など様々な色が存在します。そして、純粋な(理想組成の)翡翠とは、「無色」又は「白色」なのです。この「無色」の組成に元素レベルでクロムが介在すると「緑」に、チタン又は鉄が介在すると「紫」に発色すると考えられています。
 しかし、どの色も大変希少であることは「緑」同様、共通であり、歴史的背景や市場性から、「緑」が一般に知られるようになりました。
 「緑」に言及しますと、色濃く透明性の高い翡翠は、国際オークションにおいて、子供の小指大で1億円近い値が付くこともあります。
 エメラルドの緑とも違う、トロリとした優しい輝きは、まさに東洋美の極みであり、その輝きに相応しいカットを知り、施すことによって、新たな美の可能性すら秘められているように思われます。

■翡翠の歴史的魅力■


勾玉
(写真提供(株)ジョイテック)

 翡翠の魅力に、東洋での歴史的背景があります。世界最古の翡翠文化の発祥の地が日本であったことをご存知でしょうか。
 新潟県小滝周辺が世界でも数少ない翡翠の産地であることが、昭和14年再確認されます。
 これにより、紀元前3000年頃「勾玉(まがたま)」に代表される縄文時代よりの翡翠文化は、日本が起源であることが証明され、この文化は一時期、海を渡り朝鮮半島まで及びます。
 仏教の伝来等で、この文化は奈良時代に廃れますが、「勾玉」への愛着は現代日本人にも今だ生き続いているのは、とても興味深いことです。
 日本の翡翠文化消滅から約1000年後の18世紀、中国清王朝の乾隆帝により翡翠工芸は成熟に至ります。ここで使われる翡翠は、全てミャンマー産であり、現在でも宝石質の翡翠は、殆どがミャンマー産です。この中国文化が世界中に知れ渡ったことや、ミャンマー産出であっても、中国経由でしか世界に出回らなかったことで、「翡翠は中国」というのが、我が国も含め世界的な認識となっていました。このように、東洋ならではの「石の履歴」が、翡翠の欠かすことの出来ない魅力の一つとなっています。


翡翠彫刻「秋的礼讃」
(黄 福寿作品 (株)ジョイテック蔵)
国立科学博物館「翡翠展」提出作品

■翡翠工芸の魅力■

 最後にご紹介する魅力として、工芸への可能性があります。
 翡翠は構成鉱物、つまり岩石であり、様々な大きさの塊が入手しやすく、加え、モース硬度は6~7(ダイヤは10)ですが、この硬度とは別の「粘り強さ」があり、繊細な彫りにも耐えられる、彫刻に大変適した素材です。中国では、縁起物の彫刻として、白菜、龍、羊、又は風景にまつわるモチーフが、清王朝の時代より好まれてきました。その精緻な彫りの技術は、現代においても世界一と言えるでしょう。


翡翠レリーフ「THE ARCADIA」
(ガイア A.&D.P.作品 (株)ジョイテック蔵)
国立科学博物館「翡翠展」提出作品

 前述の国立科学博物館「翡翠展」において、その技術の極みである中国一級文物(中国の国宝に相当)にも見劣りしない、日本の現代作品が求められました。その要望を受け、私共が制作しました作品が、リング「睡蓮」とレリーフ「アルカディア」です。双方には、共通のメッセージがあります。

「あなたは心の内に、理想郷を持っているか?」
「平安時代、当時の浄土信仰の元、人々は皆、心の内に「浄土」という理想郷をもって暮らしていた。平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂は、その理想の心象風景の具現化である。」
「現代を生きる私たちは、崇高な?心健やかな?又は美しき?心象風景を心に描けるのだろうか。そして、その理想をもって、日々精進できるのだろうか。」
「作品「睡蓮」と「アルカディア」― そこには、古の理想郷を示すモチーフにより、あなたによる、あなた自身の理想郷を見出す「きっかけ」が輝いているのだ。」

 以上、多様な翡翠の魅力の一端を御紹介致しました。
 石そのものの色や透明性はもとより、物性を理解した彫りの技術、それに伴うべき精神性、歴史的背景などの多彩な魅力をいかに表現し、取り組むかが、翡翠作品の価値と美術性を決定付けます。
 単なるジュエリールースの価値基準だけでは語り尽くせない、東洋独特の美意識を、翡翠はまとっているのです。


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