GAEA ART & DESIGN PRODUCE
ガイア アート&デザイン プロデュース

街歩記
Landscape Review

(1)街のやさしさ、「ベンチ」

知らない街を訪れた時、街なかのベンチに気をとめてみて下さい。
 と申しますのも、ベンチを「読む」ことで、その街の人々の優しさに触れることができるからです。表層的なデザインに注目する前に、そのベンチは誰のために、何故そこに置かれたのか、設置の「背景」に目を凝らすと、都市計画の根本や、その課題に至るまで垣間見ることができます。
 因みに、公共施設、ベンチを街なかに設置することは、実は以外に大変です。設置する土地の管理者は誰で、許可はもらえるのか、交通上支障にならないか、その街、その場所に相応しいデザインか、浮浪者の寝床になりはしないか、雨ざらしでも汚れにくいか、製作と維持管理は誰が行うか…多様な課題が山積です。
 しかし、これらの解決以前に、「どうしてもここに設置したい!」という必要や配慮に、街が気付くことこそ大切です。
 こうした街の配慮を写すベンチとは、その設置場所、デザイン、管理状況などから、その街の「生活意識の指標」にもなり得ます。人々に愛されるベンチには、街の顔と誇れる程の「都市のやさしさ」が、醸し出されているのです。

ポイント
 かつて全国の河川沿いには、桜並木や様々な木々が密植され、河岸の補強と共に美しい景観を形成していました。
 近年の護岸工事に伴い、河川管理道路が通されることにより、それら木々は一掃され失われてしまいました。
 その一方で、この道路は市民の散策路として親しまれるようになります。写真のベンチは、管理道敷設のため伐採された大木を利用して、その所有者が、自費で設置したものです(設置の経緯を示す掲示板と共に)。ちなみに、ベンチ脇の樹木は、氏が直に県と協議し、残されることになりました。
 ここを通る人々に、今も休息と涼しい木陰を提供してくれています。

ポイント
 熊野神社の参道入り口脇にあるベンチ。
 写真の個人宅が新築の際、建築家に勧められ設置したとのこと。参道の厳しい上り下りの後に、腰かけるお年寄りも多いと聞きました。
 前後の緑のしつらえと共に、街に優しさと美しい点景を与えています。

ポイント
 T字路の隅切り部分の小スペースに、広報板、花壇と共に並ぶベンチ。
 普段より自治会活動に熱心な市民が、これらの設置を市と協議、完成後も自主管理をしています。広報板の元に腰掛け、まちづくり談義がしばしば行われています。
 ベンチが、街の活性化の一助となっているわけです。

ポイント
 地方都市の商店街に置かれた、豆腐店のベンチ。
 竹で作った和風レトロなしつらえと、店主が、夏には歩道に「打ち水」をする所作により、居並ぶ商店の中でも、品のある一角となっています。

ポイント
 丘のてっぺんに着地したUFOベンチ。
 周囲を見晴らせます。回転します、手動で。

ポイント
 地方のバス停にベンチが多いのは、運行間隔の長いバスを待つためであり、気候の厳しい土地では、壁、屋根を設け、待ち人が風雪を凌ぐ「あづま家」になっているものも多く見かけます。
 しかし写真は、来訪者にとってみれば、美しく広大な風景を望む、展望台のようです。

ポイント
 「横浜市認定歴史的建造物」の洋館脇にあるバス停とベンチ。市が、ちょっとしたコーナー(敷地)とベンチを提供しました。細やかな計らいにより、心地良さばかりでなく、街のアイデンティティーを感じられる一角です。

ポイント
 東京駅構内の、往来多い飲食街に設置されたスリムベンチ。通行の支障にならないよう奥行きを抑えたデザインで、座り心地も意外に優れています。(40分座っていてもお尻は痛くなりませんでした。)
 広大な構内では、一団の休憩スペースばかりでなく、随所にさりげなく設置される、このようなコーナーこそ、実際は有難い場合があります。
 街においても同様で、ベンチは公園内に留まらず、街のそこここに設置されてこそ、真価が得られるはずです。

(2)ベンチから広がる街づくりの可能性

様々なベンチを見て参りますと、ベンチをもっと多角的に活用することで、街の様々な魅力を再発見し、創造して行くこともできるのではないでしょうか。

緑と花のベンチ

ベンチと植栽、又は花壇をドッキングさせた「0.1坪の、小さな小さな公園」。
ベンチとともに緑も増える、街にやさしいデザインです。奥行き30㎝以下のため、一般路上でも、電柱や交通標識よりはみ出さすことなく設置できます。
<設計:ガイアA.&D.P.>

a) 街のバリアフリーサポート
 高齢者の多い地区や、市民が生活する上で不可欠なルート(商店街、至病院、至公共施設等)には、積極的にベンチを設置したいものです。
 設置場所は、公園にとどまらず、街角に小スペースを見出したり、道路ぎわ随所への設置を、検証したいものです。
 その為のベンチには、美観はもとより、どこにでも設置しやすいよう、「奥行き」を極力小さくする工夫が必要です。

バス停ベンチ併設

道路沿いに4~500mおきに点在するバス停。これにベンチ機能をコンパクトに併設。これまでのバス停標識とほぼ同じ面積で設置できます。
誰でも利用できることを原則とし、官民協働で進めれば、掲示部分も、公共情報の新たな伝達手段(広報板)として期待できます。
<設計:ガイアA.&D.P.>

b) 散策へのいざない
 街おすすめの散策路を選んで、その「道しるべ」として、ベンチを活用してはいかがでしょうか。
 本来の「休憩の道具」としてはもとより、市民や来訪者を散策へといざなう、「ランドマーク」としての価値に期待します。

河川沿いの散策小路(河川管理道路)
 通勤通学、買い物帰り、ご高齢の方始め、リハビリや車椅子の方…様々な人々が往来する気持のよい小路。
 電柱、電線が無く、美しい景観も多く残ります。ベンチと藤棚のしつらえは、散策路に安心と一層の魅力を与えています。

c) 景観の紹介
 よく知っているはずの道なのに、ふと目を上げると、遠くの山肌の美しさに改めて気づいた経験などないでしょうか?
 とある一角に立つと、冬の晴天時、富士山が覗くとか、海がキラリ垣間見えるカーブがあるとか、ある季節には、延々と花が咲く小路を知っているとか…。
 そうした街の再発見スポットに、さりげなくベンチ(ヒント)を設置し、その街の魅力を、皆で共有していきたいものです。

地方都市の街かどの風景

日中忙しくしていたり、花の季節を逃していたりで、とかく見落としがちなご近所の景観。
 いわゆる「景勝地」程ではないものの、何気ない道沿いにも、ほっとする景観があるはずです。
それらを、さりげなく示してくれて、しばし眺める機会を与えてくれる「しかけ」があれば、
私たちの街も生活も、一層素敵になることでしょう。

横浜港の新開発地区近くのベンチ
船舶を港に繋ぎ止める「停泊杭」をモチーフにしています。
これは、レトロなタイプの杭形状で、実物(右下写真)を探すのに苦労しました。
歴史ある港横浜を、よく示したユニークなデザインですね。


ベンチ後姿


「停泊杭」実物

d) 「その街らしさ」のシンボル
 その街の魅力やアイデンティティー(独自性、主体性、本質)を認識することは、全国の街にとって大変重要です。日々住み慣れた街も、気づかぬうちにわずかづつ変化しています。「世相の変化」とともに、大切な街の魅力が、徐々に失われていないでしょうか?
 何気ない街の魅力が意識されぬまま、見過ごされ、失われ続ける悲劇がとても多く報告されます。ベンチ計画を通じて、街の魅力を今一度確認し合い、アイデンティティー創出の一助とできないでしょうか。
鎌倉若宮大路ベンチ計画案
若宮大路は、相模湾から鶴岡八幡宮に至る、往復約3.7Kの歴史的参道です。鎌倉駅~海岸~八幡宮~駅のコースは、鎌倉時代からの都市計画の変遷をたどる魅力的なルートです。しかしこの辺りに、ベンチが著しく少ないのは、残念なことです。
紅漆塗りの八幡建築により、古から漆器「鎌倉彫」が、伝統工芸となっており、このベンチ案は、重ねられた鎌倉彫菓子皿をモチーフとしています。一か所に複数設置の際は、重ねるソーサー(座板)の枚数を変えることにより、参道に変化とリズムを与えます。
誰もが、ちょっと足を止めて座りたくなる、伝統の色と形を目指します。<設計:ガイアA.&D.P.>

鶴岡八幡宮と若宮大路


鎌倉彫
(写真協力:博古堂)

 上写真と右図は、歴史的背景から個性豊かな2都市の例です。2例のデザインとも、街なかでのちょっとした光景から発想を得、それぞれの街の特徴を語っています。このように、日常の何気ないスナップの中に、その街の本質が隠れているのかもしれません。

最小の公共施設であるベンチ。
 街なかに一層広めたい「優しさの指標」として、街の魅力を紹介する「案内役」として、そして、街のアイデンティティーを見出す「きっかけ」として、ベンチから広がる新たな街づくりの可能性に期待します。



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